座ってないで、とぶよ

カタールW杯と世界一周のつづきに出発!2022年夏から再開です。目指すのは「車窓から」。ただただ移動するのを楽しむというスタイルの旅でーす!

チビタベッキア要塞から思う...歴史が人をつくる

地中海西側うろうろ 64~65日目

周りは敵だらけの中、微笑みながら握手する社交性って地域の歴史から身につくものなのだろうか?


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朝、キャンプ場でシャワー室にサンダルで入るべきではない、と注意を受けた。草や泥で床を汚しているぞ、と。同じキャンプ場を利用しているドイツ人女性から。ちょうど朝、彼女達が使った後は汚れてないのをみて「しまった」と話していたので、もちろん納得し謝罪した。


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フランスのキャンプ場では、旦那が走って寄ってきた犬に食べていた肉をあげようとした。飼い主のフランス人女性は後から追いつこうと歩いて来ていた。犬が肉を口にくわえて嬉々として少し離れた所で食べようとするのを、彼女は必死で取り上げていた。彼女はその後寄ってきて、人の飼い犬にものをあげるのは良くないと注意を伝えた。

どちらも言葉の通じない我々にゆっくりとした英語で動作も加えて充分な説明をし、最後は笑顔で挨拶をして去っていく。

 

日本では少ない。その場では何も言わず遠目に見るだけ。後で井戸端会議(今ではブログなど)で小言を言い、聞いた人が自分はしないよう気をつけるようになる。日本のやり方。

多分、これではダメだったんだろう。

外から違う常識をもつ人がどんどん入ってくる。相手に伝え、その後も良好な関係を続けるのは大切なこと、強さだと思った。

 

チビタベッキア要塞は本で読んではいたものの、壮観だった。

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あらゆる時代の砦があり、古い砦は刑務所や軍?公安?が再利用している。イタリアの人にとって海は危険を認識して、それでも利用し近づくものだったのだろう。

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倭寇元寇を日本では色々習うけれど、レベルが違った。

司馬遼太郎が「この国のかたち」の中で“日本人は思想は外から入ってくるものだと思っている”(うろ覚え)とあり、なんでかな?と思っていたけれど、日本では形にする必要に迫られなかったからかもしれない。否応なく倫理観の違う人が入ってくる世の中に生きる怖さは計り知れない。

欧州の人の自分の意見を言う強さや社会性を大切にする知恵やしたたかさは、歴史からくるものなのかもしれない。

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そんな事を感じたイタリア最後の地、チビタベッキアでした。

 

 

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